2008年11月17日月曜日

軍事とロジスティクス / 江畑 謙介

日本語で兵站、あるいは後方補給とも呼ばれるロジスティクス(logistic)の語源は、
ギリシア語で「計算を基礎にした活動」を意味する「logistikos」、またはラテン語で古代ローマ軍の管理者を意味する「logisticus」である。 from 「兵站」wikipedia

というもので、日本語でよく対訳として出されるlogistic=「物流」ではPhysical Distributionとなりますので、本質と意味からすればとは一風ことなるものです。

英語から日本語への翻訳は素晴らしいものもあるのですが、漢字が本質を誤らせてしまうときもあります。「兵站」と言われると軍事用語にピンときた方でも「補給」の意味ぐらいしか捉えてしまわないときがありますが、本来はもっと広範囲のものをさします。ここらへんは小学館(Bookshelf)の辞書がよく言い表していますね。
軍隊の戦闘力を維持し、作戦を支援するための、国家から末端の兵士にいたるまでの補給、整備、回収、交通、衛生、建設、労務などのいっさいの機能の総称。

となるわけです。しかし、これらを総称するの使う「兵站」と呼ばれると、「補給」あるいは「物流」としか考えなくなるきらいがあるようです。

抽象化するのに長けた日本語(漢字)ですが、なまじ漢字を当てはめると矮小化されるきらいも確かにありますよね。疑問に思ったら語源を探るといいかもしれません。ローマ時代の「管理者」といわれれば、塩野七生さんの「ローマ人の物語」とか読んでいるとイメージがわきやすいかもしれません。

...話がズレました。というわけで、この本は湾岸戦争以後、主に米軍、NATO諸国を中心にイラク戦争、アフガンでの戦いでどのようにこのロジスティクスが様変わりし、どう今後は変わっていくのか。ということについて纏められている本です。

要点は以下の通りだと思います。
・物資補給についてコンテナ単位にRFIDタグをつけることで、コンビニなどである「ジャスト・イン・タイム=カンバン方式)が可能になった。
・イラクで知った砂漠地帯、アフガン地域での山岳地帯での補給路維持のための様々な装備導入。
・従来まで軍組織が中心となって行われていた補給、根拠地設立、整備などの後方支援業務の数々を民間企業にアウトソーシングする。


あまりこの本には書かれていませんが、基本的に米軍は陸上戦闘においては欧州大陸でワルシャワ条約機構(WTO)軍とのガチンコ対決を考えていたので、主戦闘地域は欧州同盟国内部だったので、ロジに纏わる大抵のことは同盟国のインフラが使えたんですよね。環境も大きく様変わりすることはありませんし。これは極東でも似たような話です。

ところが湾岸戦争はその前提を根底から覆してしまいました。
確かに緊急展開部隊をはじめ、米軍にしてみれば規模の小さい(それでも結構な組織ではあるのですが)外征部隊はありましたが、よもや複数師団による軍団レベルの派遣まではあまり考慮になかったのだと思います。いや、考えていたのでしょうけど、さすがにそう簡単に出来るレベルではなかったわけですからね。


湾岸戦争の兵站に纏わるゴタゴタ騒ぎは、パゴニス将軍の「山、動く」でも書かれているので、興味のある方はこちらをどうぞ。

山・動く―湾岸戦争に学ぶ経営戦略山・動く―湾岸戦争に学ぶ経営戦略
William G. Pagonis

by G-Tools


結果的にアメリカ軍は半年をかけてWW3でWTO軍とガチンコ対決するために作り上げた師団をサウジに動かすわけですが、補給もとんでもないことに。コンテナで荷物は送り届けられるが、荷揚げした途端にそのコンテナの中身を見て、そこからさらにもう一度パッキングする羽目に。
前線補給担当は、何が届くかわからない不安から余剰物資を溜め込むはめに。
必然と、前線のすぐ背後の物資集積所にはうず高く詰まれたコンテナと補給物資の山が...。

あとあまり描かれてませんが、湾岸戦争後物資引き上げも結構大変だったという話も「山、動く」では描かれています。

イラク戦争では、コンテナ単位にRFIDタグをつけることで、港から荷揚げしたまま軍用トレーラーに積み込んでスムーズな物資搬入が行えた。というわけですが・・・。よくぞ10年程度でそこまで大進化したと見るべきでしょう。

��T関係でもRFIDタグのもたらす恩恵について色々と書かれている文章もあるし、RFIDタグによる物流改革は、ちょっとした社会人の人なら経営雑誌などを目にする方であれば何度か目にしたはずです。
なので、この話を読むと「今更かよ、米軍大丈夫か?」と思われる向きもありますが、実際アメリカ軍とも成れば組織が大きいので変化するのも大変ですしね。

ところが、事はそうそう簡単ではないことも明らかになってきます。イラク戦争はアメリカ軍も想定しないほどの猛進撃のために陸上補給路が薄く延びてしまい、各所で断絶。整備も弾薬も滞りはじめ、一時進軍がストップする羽目に。理由は簡単で、あまりの進撃スピードで前線の部隊がどこにいるのか後方部隊が把握しきれなくなったということで。

ともかく、イラク戦争では湾岸戦争の失策を元に、様々な兵站革命が行われますが、まだまだ道は途中。
一方通行だった補給手順のために前線では決して安くはない空コンテナがうず高く積まれるわ、そもそも部隊に届いた補給物資だが、それをどうやって個々の兵士まで手渡すのか。結局は足で歩いてコンテナ内部の物資を探さないいけない羽目に。
その一方で、決して陸上とは言え砂漠の過酷な環境で、ルートが限られる道路を狙ってIED攻撃も頻発。IED対策に重装甲の車輌によるコンボイを組むと今度はコストがかかるわ、時間がかかるわという始末。
米軍はその一方でトランスフォーメーションなどで、正面配備の兵士率を上げようと後方支援業務の数々を民間企業にアウトソーシングしますが、今度は民間企業がその過酷な情勢でどれだけ信が置けるのか・・・。命がけで任務にあたることを民間企業に要求など出来ませんからね。

とまぁ、色々な最新装備と現状の問題がいろいろ浮き彫りになるいい本でした。

米軍、それも陸上兵力の話だけですが、本の中では海軍、海兵隊、意外と問題だらけで大変なNATO諸国、特にイギリスなど(自衛隊と同じかそれ未満の海上兵力で外征やるんだから大変だ・・・)の苦労はハンパではないようです。

翻るに自衛隊もどうすりゃいいのよ?と頭を抱えているんじゃないかと思うんですよね。
いままでのPKO任務は特段小規模でしたし、その延長線上でサマワもなんとかなりましたけれど、本質的には外征軍ではありませんし、極々小規模ならイザ知らず、例えば連隊規模の陸上兵力を外地に送り込みも日常補給すら面倒を見る羽目になったら・・・。何年にもわたる海自のペルシャ湾派遣だけでも海自が疲弊している現状を考えると、待ち受ける苦労たるやサマワ以上なのはわかるというものです。

そんなわけでいい本でした。実例というよりカタログ的なノリでもありますが、今、米軍を中心としたロジスティクスの変革と問題点を考えるにはいい本じゃないかと思います。



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