2008年4月16日水曜日

大山柏 「金星の追憶」 鳳出版(絶版)

大山柏。日露戦争時の日本軍指揮官大山巌元帥の子息にして、元陸軍少佐、考古学者。戦後は戊辰戦争研究。

ちなみにwikipediaではこんなひと。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B1%B1%E6%9F%8F


この人を知ったのは2ch軍事板の某スレから。
どうやら終戦間際、北海道の守備隊に配属されたときに対戦車爆薬を投擲するのに20kgも投擲できるか、とローマ時代のカタパルトを模したシロモノを作り上げたという御仁ということで興味が沸いたのでネットで調べたらこの本の存在を知った。なにやら面白い書籍らしいということだが絶版ということもあり、自分の住む街の図書館サービスで予約して取り寄せてもらった。

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いや、面白かった。最初は堅苦しい自伝かと思ったら、半分は同期生会報のために書いたエッセイが中心となっている(残りの半分は、氏の父親である大山巌、母親である大山捨松についての評伝、氏の没後に書かれたらしい関係者の文章)。

エッセイの内容は多岐にわたっている。
戦時中の話から、幼年学校、士官学校時代の同期生や明治の元勲たちとの逸話や、海外留学時のエピソードなど。それに歴史(スウェーデンのカール十三世から、ハンニバルまで)、氏の専門分野だった考古学から生物学、美術話など、縦横無尽。まさしく博覧強記と諧謔に満ちた話の数々でどれもが面白い。

戦時中の根室での生活と任務話にしても、氏の諧謔に満ちた書き方もあるのか、面白く描かれている。第七師団経理担当者の仕業か、補給が滞っているので自宅を抵当に入れて資金をまかなったり、別荘地から食料を送らせたり、あの手この手で資材をかき集めたり、釣竿片手に魚を釣っていたり。

そうかと思えば、組織にありがちな無茶な陣地構築命令についても、石の特性を掴んで工兵隊よりすばやく陣地を構築していたりしてみせる話などたくさんのエピソードが詰まっていて、軍隊話が好きな人なら笑ってしまうだろう。
��その後室蘭に配属されるが、大山部隊は陣地を作ることに関して工兵隊より鮮やかだったという)
室蘭へアメリカ海軍艦隊が砲撃したときにも、部下を陣地におき、一人双眼鏡で観測していたというエピソードも後に語られている。

陸士同期生会報のために書かれただけあって士官時代のエピソードも多いが、明治の元勲たちとの話もまた面白い。

参謀長時代の上原勇作元帥は、工兵上がりということもあって渡河戦マニアで、士官学校の演習となると現れては教官たちをその該博な知識でやり込める結構困った上官だったらしい。

困った校長からの指示で、わざわざ未調査の古戦場を探し出して元帥に知らせたりして興味をそらせたりするが、一方の元帥も大山氏にラクな仕事を頼んだと思えば法外な褒美を出してみたりして、その一方で実は…という愉快なエピソードも書かれている。

ほかにも黒木大将死去にともなう東郷元帥とのやり取りや、山縣元帥、西園寺公望公とのやり取りなど、様々なエピソードが語られている。

もっとも、氏自身の陸軍の経歴は短いもので終わってしまう。

本人は陸軍にいるとどうしても父親と比べられるという点と、多分に、チンタオ(青島)への赴任を当時の参謀長山梨半造に邪魔されたので陸軍という組織そのものに嫌気が差したので考古学に傾倒していった…とされているが、実際は違うようだ。

柏氏の実子の書によると、どうも清廉潔白、悪事はきらいだった氏に、派遣軍無断による阿片専売によって得た金を軍資金として不正流用したことを悟られまいとした結果(まだ当時は大山巌元帥が存命で、息子の口からそのような問題露呈を恐れたため)というが、はたして? どうだろうか? 本来のところはわからない。

陸軍予備役となったあと、ドイツで学んだ考古学の知識を元に研究所を設立。科学的なアプローチで遺跡発掘に成果を残す。
ただ惜しむらくは自費で設立した考古学の研究所も、大山巌元帥、母の捨松夫人の書物など貴重なものは一切合財、東京大空襲で消失。あわせて氏の考古学への道も途絶えてしまう(一時は学会からも無視されていたらしいが、ネットで見ると再評価されているという)。

氏はわずかばかりに残った那須の別宅に引き篭もることに…なるはずが、父親の足跡をたどったばかりに、今度は陸上自衛隊士官たちへの講演から戊辰戦争史を纏めることに。

これが戊辰戦争関係の書籍で必ず引用される「戊辰戦役史」だったのか…軍隊経験者だけあって、政治的、感情的思惑を排して、(当初、陸自士官達の講演会向けだったこともあり)戦術的視点から述べられている一級の史書だったりするわけです。

様々な出来事に翻弄されながらも考古学、戦史で足跡を残した氏の人生だが、残してあるエッセイには常に笑いがあり、教養があり、深い知識とユーモアに裏打ちされた生き様だったことが伺い知れる。

いい本を読みました。記録として。

追記。実は柏氏の孫にあたるのが歴史群像などで記事を書かれている大山格氏だったとは氏のホームページを読むまで知らなかったです。

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