スプライトシュピーゲルIV テンペスト (富士見ファンタジア文庫 136-11) | |
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連載された中篇+書き下ろし新作長編というわけで恐ろしく分厚い本になった「スプライト・シュピーゲルⅣ テンペスト」。
今回は国際裁判における証人となった要人護衛が任務になるが、その一方で中国軍の戦闘機亡命大事件も発生。組織的には「スプライト」側のMSS(ミリオポリス公安高機動隊)と対立している「オイレン」側の主人公たち、MPB(ミネアポリス憲兵大隊)との共同戦線で事件に立ち向かう姿が描かれている。
※クライマックスにはシリーズ初の×××××も行われるわ、サービスイラストもあるわで、後に発売される「オイレン」サイドでどうこの様子が描かれるのか、期待してもいる。
この「スプライト」側は基本的にレーベルの問題からか子供たちの過去の境遇に対しての直接の描写は割と抑え目にされており、MSSという組織や子供たちを見守る大人たちの視線というのが強調されている。
この後者の「子供たちを見守る大人たち」という視線が今回特に強調されている。
物語の序盤、護衛対象の要人たちとテーブルを囲んでの世界統一ゲームと名づけたテーブルトークRPGのセッションをする中で、各々国家の指導者を演じて世界統一に向けてのシーンがその面たるものだろう。
その中で三人の娘達と副官でもあるニナが各々選択する良かれと思った選択が常に逆手になって襲い掛かる。破滅的な暴走(スタンピード)に対して対峙できるのは何か。
国際社会において荒波を潜り抜け理想も現実も見続けていた要人達は三人の娘とニナにメッセージを送る。「正しいと思っていたことも悪手となるのだ」と。そして「夢を見るな」と。最後に要人達は三人の娘とニナに贈り物を手渡す。
それは過去から現在(いま)を生き抜いた者達から、現在(いま)から明日を生き抜くべき子供たち若者たちへの願いにも似たプレゼントなのだ。そしてそれは物語の中盤からクライマックスへ向けての重要なキーとなっていく。
まさしくレーベル通り「スプライト」が正調ヤングアダルト小説であり、メインとなる読み手世代がだれであるかを良く見据えた物語だといっていい。
そう、まさしくこれはビルドゥングス・ストーリーという証がこの一連のシーンにこめられている。
庇護者であった大人たちからの認証と継承。そして次の証は、彼女たちの苦闘。
物語の中盤、悲劇が連続して襲い無力に襲われる面々。特に挫けそうになるリーダーの鳳だが、彼女に向かって要人の一人が言う。
「立て。そして戦え(StandUp and Fight)」と。この下りはもうね、なんというか。
物語を駆動(ドリブン)させるのは、いつでも登場人物たちの葛藤であり、決意なのだということの証でもあると思う。それぐらいいいシーンでした。
終盤、鳳とオイレン側主人公たちのリーダーのやり取りによって、最後の疑問が明かされたときに物語はクライマックスを迎える。そこからは語るのはよして、分厚い本がつむぐ物語を堪能するのが一番だと書いておきますけど。
しかしまぁ、ヤングアダルト小説としてメインの読者が高校生世代だとしてもアメリカ人のアメリカ人たる何かを描く、黒人人権運動におけるリトル・ロック事件までちゃんと触れているには驚いた。何人かは興味をもってWebを検索してくれればいいな、と思ってもみたり。
あと今の自分の楽しみは、「スプライト」側で垣間見えた物語が「オイレン」でどのように変化するのか。ということと、最後、あの「オイレン」側のヘリパイロットはあの人なんだろうか? という疑問に対する答えだったりする。
というわけで絶賛オススメの作品です。未読の方は是非、オイレンシュピーゲルのほうもチェックしてほしい。