2006年1月1日日曜日

「トスカのキス」/森雅裕

オペラ『トスカ』公演のために日本に戻ってきたオペラ歌手、草凪環。
彼女は欧州でコンクール荒らしを行うほどの技量をもった一級の歌手だが、
今回はダブルキャストのためのセコンダドンナ(プリマドンナの二人目)としての役割だった。
帰国するやいなや環の古くからの友人であった作曲家鍋島倫子がこの時世に餓死で亡くなったことを知る。環が調べると、彼女が『トスカ』
の演出を行う神尾新市に対して抗議を行う為の覚悟の上の自殺であったという。
そのためにわざわざ餓死という緩慢な自殺を選んだことに対して疑問を抱く環。そしてその裏では『ウィザード』
なる組織があることを彼女は知る。


疑惑と義憤をはらんだままオペラ『トスカ』の公演初日を環らスタッフが迎えようとしていたその日、
舞台となるオペラタワーのが武装集団により占拠されてしまう――。そして、そのリーダーは予想外の人物だった。要求の中には『トスカ』の公演も含まれていた。そう、実際に人が殺められる、惨劇が。血と硝煙にまみれ、鮮血の舞台の幕が上がる――。そして環はその中にいた――。


 


と、いう訳で森雅裕氏の未発表作品「トスカのキス」。"http://from1985.pekori.to/morimasahiro/">有志の皆様によってようやく発刊の運びとなり(限定150部だそうですから、
手に入った方はラッキーでした!)、新年の元旦に読みましたよ。いや、面白い! 「椿姫を見ませんか」
で登場した鮎村尋深とはまた一風違って深みを増したオペラ歌手草凪環の予想外の経歴(確かに伏線はあったのだが・・・
)に筆頭されるキャラ造詣。事件に応対する危機管理のスタッフ達や、自衛隊員たちのやり取りなど、
森雅裕氏の作品である証拠といえるでしょうね。
今回は謎解き+テロリストによる劇場乗っ取り+官僚主義が横行する中でのSATなどのカウンター・アタック、そして自衛隊の描写など、
まぁ大盤振る舞いです。習志野の空挺が『第一狂ッテル団』と呼ばれるとか、軍オタネタもあることはあるのですが、
平成十四年当時の自衛隊の状況を旨く描いています(最後の文章にあるように、
あれから三年で自衛隊の対テロ装備や法整備はすごい勢いで進んでいます。軍オタも吃驚ですよ。
二十年単位で動くようなことがわずか三年あまり。次の通常国会で防衛庁が防衛省になるかもしれないという勢いですからね)。また、
ちゃんと考えられているなと思いますね。確かにあの立地条件ならHAHO(高高度降下高高度開傘)だな。と読んでお見事!と思いましたから。


どうしてオペラと犯罪とSATや自衛隊が絡んでどういう結末を迎えるのか――それはちょっと秘しておいておくとして、
森雅裕氏の作品はやっぱり面白いと認識したわけですよ。
作中の鍋島倫子氏の死に絡んでネットのファンたちの言動にちょっと心が痛かったのですが(自分にもそういう対応していた部分もあったので)、
いい作品はもっと多数の人に知ってもらいたい。



こうしてネットの有志の方々の力もあれば、こういう本という形で手に入ることも出来る――哀しいかな、
手に入るのは同じようにネットに接続できる人達だけなのですが。今はまだネットに繋がる人達だけかもしれませんが、こうやって、
商業主義をバイパスできる仕組みも出来上がりつつあります。つまり、
緩やかなパトロン=クリエイター達のつながりが形成されていくんではないかと数年前から自分は思っていますが(まぁ、
今の同人誌即売みたいなイメージですが)、そうであってほしい。
グーテンベルクの印刷技術によってあまねく人々に知識が行き渡るようになりましたが、より深く、細分化しても届けられてほしいものです。
ああ、日本の出版業界のお寒い話はおいといて、ですが。


リボンをつけたいほどにいい作品とはあるものです。そして、今年一年の最初にそのような、この作品が読めたことにたいして、
まず作者に感謝を。そして有志の方々に感謝を。最後に、自分と同様に森雅裕氏を好きでいてくれる人に感謝を。そう呟くにたる作品でした。


あとはですね、未発表作品「雙」、鮎村尋深・守泉音彦コンビの続編「愛の妙薬もう少し…」「雪の炎」。を読んでみたい。
あとは絶版になってしまった名作「歩くと星がこわれる」の復刊などなど・・・まだまだ欲はあるのですが(笑)



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